こんにちは。

飯田橋のカウンセリングルーム、サードプレイスのナカヤマです。

 

ブログを見直してみて今更ですが、セルフケアのための練習、感情に気が付くのにも練習、果てにはリラックスしたり呼吸するのも練習、といっていて、まるでサードプレイスは部活動か虎の穴(『タイガーマスク』に出てくる例の養成所です)のようです。

こんなに練習、練習といってたら、読んでくれている人は嫌になってしまうのではないかとふと心配になって今日の分を書いています。

というのも以前、私が練習、練習と連呼していることに対して、患者さんたちから「そりゃあ、ナカヤマさんは体育会系だから練習は慣れてるでしょうけど」とイラッとされたこともあるし、「ナカヤマ先生は体育会系なんですね・・・」と嘆息されたこともあるからです。

 

私が体育会系だなんて大きな誤解です。

生来、身体を器用に動かすということが不得手で、キャッチボールのような複雑な動きを要するのものはおろか、普通に全速力で走ることさえままならなかった全くの運動音痴の私は立派な(?)帰宅部で、日も高いうちに家に帰ってはコタツに寝転んで、昔のTV番組の再放送を(『タイガーマスク』もふくめ)見るのを無類の楽しみにしてたくらいなのです。

そんなコタツに寝転んでいた私が練習、練習というのはわけがあって、それは大人になって気が付いたことですが、実際、練習って楽しいという感覚と深く結びつくことができるものだからです。

 

例えば、はじめてのテニスでコーチとラリーなんかをするとき、よいコーチはどんな玉でも上手に受けて、返しやすいところに返してくれます。そうするととっても楽しくてラリーをどんどん続けたくなります。

自分では夢中で玉を返しているだけでも、コーチはフォームやラケットの使い方などをしっかり観察して、上手くなってきた点を見つけてそれを伝えてくれるので、自分でも上達が実感でき、ますます楽しくなります。

 

心や身体に関わるさまざまなスキルを得たり、心の回復に向けた心理のセッションでの練習も、テニスの練習と同じくポジティブな感情を大切にして行われます。

セラピストは相手の、その人自身が気がついている以上に、気持ちや考え、行動の細かな変化をちゃんと見ています。我慢したり、やみくもに練習するのではなく、その時々の自分の変化に気がつくことで喜びを感じたり、ホッとしたり、また時には(いい意味で)驚いたりしながら、回復を実感できるのです。

ある程度までスキルが上達すると、しばらく停滞状態になるような時期があります。これをプラトーといって、その時期は気持ちも落ち込んだり投げやりになったりするものですが、そんな時こそしっかりと応援させていただきます。

 

そんなんで近々、自動思考(認知療法の用語で、「私には無理だ」とか「みんな私を嫌っている」みたいに、ふと頭をよぎるネガティブな考えのことです)をつかまえる練習についても書けるといいな。

 

ではまた!

http://www.office-thirdplace.com/

 

 

 

 

 

 

 

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投稿: 飯田橋 サードプレイス

東京千代田区飯田橋にあるカウンセリングルーム、サードプレイスのブログです。

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