こんにちは。
飯田橋のカウンセリングルーム、サードプレイスのナカヤマです。
代理受傷という概念があります。
また二次的外傷性ストレス、とか、共感疲労からの燃え尽き症候群という概念もあります。
平たくいうと、凄惨なトラウマの話をずっと聞いていることで、支援者もその影響を受けて、うつっぽくなったり、PTSDっぽくなったり、感情が麻痺したりして仕事が続けられなくなる状況のことを指しています。
こういう言葉を知識として、または直感的にクライアントさんたちはよく知っていて、時折私のことを労わってくれたり、心配してくれたりします。
でもそんなに心配しなくても大丈夫なのです。
もちろん代理受傷などの概念は、正しいところはあるし、有用なところもあります。
支援者(医師やソーシャルワーカー、看護師、心理士など)が被害者が語るトラウマの話を聞いて動揺するのは、専門家であっても至極当然で、助けを求めてもいいことやセルフケアが大切であることをきちんと説明してくれたので、堂々と私たちは助けてって言えるし、マッサージに行くこともできるようになりました。
私がはじめて心理士としてトラウマの支援にかかわったのは15年以上前のことでした。ある海辺の町の女性センターに通ってDVの被害を受けた女性を対象にカウンセリングを行っていました。
当時から私は女性たちに感情的な思い入れがあり、どの女性に対してもポジティブな気持ちが持てましたし、何人かの女性には尊敬の気持ちをも抱いていました。
それでもそのうちに、だんだんと自分がしょげたような気がしてきました。帰り道にはしばしば身体の重さを感じて足取りが重くなりましたし、さまざまなDV夫の(それもいろんなバージョンの)卑劣ともいえる話しを聞くうちに、自分の周りの男性に対して、なんだか不信感のようなものを感じるようになりました。
そういう自分に気が付いたとき、私は自分にできるいろんなことを意識してやってみました。
身体を休める方法を工夫したり(その時に人生で多分はじめてのマッサージに行った記憶があります)、今まで関わってきた、心優しい善良な男性たちのことを思い浮かべたりして、考えのバランスを取ってみたました。
また職場で一緒に働いている人たちと事例について話し合ったり、または全く関係ないおしゃべりをして自分の中の「風通し」がよくなるようにように調整しました。
でも、なによりも大きな変化は、ちょっと思いもよらないところからやってきたのです。
元来インドア派で、冬は寒くてキライ、夏も暑いし虫もいるからキライといっては、家でダラダラしているのが好きだった私が、帰り道の海で、その色合いと波の形が刻々と変わっていく様にみとれ、頬といわず全身をなぶってくる重みのある風と、規則的に打ち寄せる波の音や潮の匂いに心の底からほっとしていたのです。
遅ればせながらここにきて、自然に対してこれまでにない親密感を感じ、海と身体的、感情的につながるという感覚で癒されるという体験ができたのです。
その時に私が感じたのは、私という人間は確かに、女性たちの凄惨ともいえる話をたくさん聞いてしょげていたけれど、いい方向にも変化しているなっていうことです。その変化は、しょげてた分を補って余りあるほど人生にとって本質的な変化でした。
今でも患者さんの話を聞いてしょげることはあるのです。でもそれにどう対応すればいいのかわかっているし、変化していく私がいます。
トラウマの話を聞いて、具合が悪くなることなんて最終的にはありません。
安心してなんでも話してほしいし、心から大切に聞きたいと思っています。
ではまた。
http://www.office-thirdplace.com/