こんにちは。
飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。
持続エクスポージャー療法(PE)はペンシルバニア大学精神科教授(心理学)のエドナ・フォア博士(心理学)とその同僚の開発した心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療のための心理療法です。PEでは1回90分のセッションを、概ね10回から15回毎週実施します。
PEは「情動処理理論(Emotional processing theory)」と不安のための「エクスポージャー療法」という2つの親から生まれました。すなわち、理論的な根拠を情動処理理論に置き、中心的な手続きはエクスポージャー療法という不安や恐怖を軽減する行動療法に依っているのです。「持続エクスポージャー療法」という名前に表されるように、PEはその手続きにスポットライトが当たりがちなのですが、実は回復のカギとなるのは情動処理によるところが大きいと感じています。
エクスポージャー療法自体、長い歴史をもっています。詳しくは割愛しますが、人が恐怖と感じている「もの」や「場所」にだんだん慣れていく手法はこのような行動療法の中ですでに確立しています。例えば、私の「ヘビ恐怖」を治療するために考えられるのは、まずは可愛らしいヘビのイラストなんかを見ることからはじめて、次第にヘビの赤ちゃんの画像や、比較的穏やかそうな色合いのヘビを経て、間近でニシキヘビ(そう、私はコブラ系ではなくニシキヘビ系がダメなのです)を観察する、みたいな治療計画でしょう(やりたくないです)。
ところで今日は、PEのもう一人の親、情動処理理論の話です。
フォア先生がPEを開発しようとした最初のきっかけは「何故(レイプのような)不快な記憶はフラッシュバックしたりするのに、いい記憶にはそれがないのだろう」という疑問だったそうです。つづけてフォア先生は、「私の結婚式は最高に幸せだったのに、その記憶が勝手に蘇ってくることがないのは不思議なことだった」と述べています。
このエピソードに、フォア先生って案外ロマンチストなんだなぁ、と前のめりになりかけて、でもこれは彼女のお得意のたとえ話に違いない、と思い直した次第です。面白そうなお話には、私はいつも乗せられてしまうのですが、たしかに、楽しい記憶と嫌な記憶はどう違うのか考えてみることは価値がありそうです。
楽しい記憶には、感覚的、または直感的なイメージですが、「スッキリした感じ」があるのではないでしょうか。出来事があって、それに伴ううれしい感情があり、それに胸が広がるような心地よい身体の感じがストレートにつながっている感じです。「ああ、楽しかった!」と一言で言い表せる、ある種の潔さがポジティブな経験にはあります。
それに対して、ネガティブな記憶はずっとごちゃごちゃしています。日常生活レベルでは「モヤモヤした感じ」と表現されることが多いかもしれません。
「モヤモヤした感じ」とは例えば、こういうことです。
あなたはある会社で派遣社員として働いています。パソコンに向かって作業していると、正社員である先輩に話しかけられました。「いいよなぁ、独身の人は気楽で。俺なんか子どもも生まれたし、家のローンだって大変なんだよ」と嘆息しています。あなたは冗談めかして「そんなぁ、私なんてボロアパートでボッチですよ!」と返します。笑いながらも胸のあたりがぎゅっとして、顔が火照っているのを感じます。会社からの帰り道では涙があふれそうでした。
家についてもなかなか気持ちが収まりません。家事が手につかないし、イライラしています。
実はこの「モヤモヤした感じ」が解決する過程、それこそが情動(emotion)処理理論で説明されていることです。
すなわち、あなたはモヤモヤを抱えつつも、お風呂に入ったり、ご飯を食べたりして、その日の体験を考え直しているうちに自分の気持ち(emotion)に気づくことがあるでしょう。あなたは実際「自分は傷ついている」ということに思い当たります。それに、あのやりとりは、自分にとっては屈辱的で腹が立つものであった、ということもわかりました。
その時の感情が明らかになると、先輩との会話の中で、あなたがひそかに傷つき腹を立てていたということと、その感情とは相反する自分の言動があったこと、それ故、身体に違和感を感じていた、ということが一本の線のようにつながって、ストンと合点がいきました。あなたはひとり言をいいます「嫌味な奴!」。そうするとちょっと胸のすくような感じがありました。
このように、自分の感情を発見することにより、自分の不快な記憶が、すっきりと了解可能なものになるのです。
情動(emotion)処理理論では自分自身の感情(emotion)の発見をとても重視しています。感情の真の気づきこそが出来事のストーリーとその時の自分の反応や身体の感じを結びつける、不可欠な要となるからです。
究極にモヤモヤしているはずであろうトラウマ的体験でも同様に、やはり自分の真の感情を見つけ、触れていくことがセラピーの中で必須な作業になります。もちろん、なまやさしいことではありませんが、やりがいのある作業でもあります。セラピストもあなたと一緒に、よきサポーターとして力を尽くします。
今日のお話はイマイチと思われた方も、私がもっと年をとってフォア先生ぐらいにおばあちゃん(失礼!)になったら、お話もきっと、もっと面白くなるはずなので、しばらくの間お付き合いください。
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ではまた!