こんにちは。
新しい駅舎が完成した飯田橋にある(そのせいで駅からの道のりがちょっとばかり遠くなった)カウンセリング・オフィス、サードプレイスのナカヤマです。
複雑性PTSDの発症は、例えば交通事故のような一回だけという出来事よりも、子ども時代の虐待のように何度も長期間にわたって続くような出来事の記憶との関連が強いことが知られています。
何度も何度も辛い出来事が続くと、気持ちは麻痺してきます。そのため、出来事の記憶が薄ぼんやりしてきたり、パズルのピースのようになって他の記憶と混ざり合い、どれがどれかわからなくなってくるものです。
したがって、複雑性PTSDの患者さんは苦痛な記憶に悩まされるというよりも、今現在の「生きづらさ」を主訴にして心理療法の場に来られることが多いと思います。
生きづらさ、とはつまり、自分自身のことを嫌悪したり、人といても安心を感じられなかったり、ふと消えたい(消極的に死にたい)と感じるようなことです。また、やめたくてもやめられない、その時一瞬には気が休まるけれども、結果的には自分の助けになってくれないような習慣、例えば、お酒や過食、性的な対人関係に悩むことです。
このような「生きづらさ」を丁寧にケアしていくのがSTAIRなどの心理療法です。
STAIRはトラウマを解決する、というよりも、今の耐えがたい状況をマシにする、という心理療法なので、遅かれ早かれ過去のトラウマ的な記憶に取り組むことが回復への道筋になります。
では、どのようにして複雑性PTSDを引き起こすような(複雑な)トラウマ記憶を手当てしていくのでしょうか。
その方法は大きく分けると二つの方向があります。
一つの方向はセラピストとの対話の中で少しづつ話していく方法です。
このやり方は取りかかりやすくはありますが、脱線しやすくもあり、治療期間がすごく長くかかりがちです。従来から児童虐待などのトラウマからの回復は、その被害にあった年月の二倍かかる、ともいわれていました。もちろん、この二倍の年月の中でだんだんと回復している訳ですから最初の耐えがたい辛さが続くわけではありませんが、人生のほとんどの時間をトラウマ治療に費やすという計算になります。
反対に、PEのような短期集中型のトラウマ焦点化された心理療法の中でトラウマ記憶を扱う方法もあります。
このやり方は、短期間で人生のいろんな記憶がつながり、自分自身を理解できるので、回復の実感が得られます。でも、トラウマ記憶に向き合って語ること自体が、強い不安や怖さがあるものなので、はじめることにすごく勇気がいります。そのため、本末転倒みたいですが、はじめるまでの準備に相当時間がかかることもしばしばです。
このように、トラウマ記憶にゆっくり関わるのも、ダイレクトに関わるのも一長一短であるため、STAIRを開発したクロアトル先生はそのいいとこ取り、というか、その中間に位置するような心理療法を作りました。
それがNST(ナラティブ・ストーリー・テリング)です。
例えばPEでは、扱う記憶を一つに絞りますが(そして、その一つに絞るのが時々ものすごく大変なのです。何しろ、沢山のトラウマ記憶が積み重なり、その中にはぼんやりしたり、バラバラになった記憶が含まれるのですから)、NSTでは複数のトラウマ記憶を扱います。あんなこともあった、こんなこともあった、という記憶を一つづつ話して、だんだんと全体を見ていけるようにします。大きな記憶(一番辛い記憶)について話すことは大切ですが、一番にそれを話さなければいけない、ということはありません。その点で言えば、患者さんのペースがある程度守られつつ進めていけるやり方といってよいでしょう。
またPEでは恐怖と無力感に焦点を合わせますが、NSTではそれらの周辺的な感情である喪失感、恥や自責の感情にも丁寧に関わります。
ここまで聞くとNSTって「いいとこ取り」っていうよりむしろ、「いいとこばっか」みたいです。
確かにNSTはとてもいい治療法ですが、サードプレイスでは複雑性PTSDのトラウマ治療の殆どはPEを使っています。
それはどうしてか、ちょっと長くなってきたので、また次回に。
●そもそも複雑性PTSDとは☞【複雑性PTSD】診断がつく、ということは治療法があるということです
●STAIR ってなんだっけ☞【STAIR】感情調整からの、対人関係
●PEってなんだっけ☞【PE】そのネーミングセンスがいかがなものか問題
●トラウマからの回復とは☞【過去をなかったことにする】すると未来もなくなる
サードプレイス