カテゴリー: サードプレイス

サードプレイス

【てくてく】と進みます。

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

この3月はサードプレイス以外の仕事が忙しくて、なかなか記事の更新ができませんでした。そして、気がつくとブログをはじめてから1年が経過していて、月日の経つことのなんと早いことかと改めて感じています。

一人で仕事するようになって、気楽さと、そしてちょっぴり寂しさみたいなものを感じて、オズオズとはじめたブログでしたが、多くの方に読んで頂き、率直な感想を聞かせてくださったり、イジってくださる方もいて、大いに励まされました。

これからもてくてくとあゆみを進めていこうと思います。

 

生来の飽きっぽい性格故に、てくてくとか、コツコツとか、ぼちぼちとかは苦手なのですが、このブログではその苦手なことにチャレンジできたら良い、と思ってます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

サードプレイス 

 

 

サードプレイスストレス心理療法

これもまた【認知行動療法】

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

今日の大半は、いささか落ち込んだ気持ちで過ごしました。というのも、今朝家を出て電車に乗っている途中で、いつも持っているメインのカバンを丸ごと忘れていることに気がついたからです。そのカバンには手帳やオフィスの鍵、お財布その他もろもろ仕事に必要なもの全てが入っています。いわば、小学生がランドセルを丸ごと家に置いて学校にきてしまったような衝撃です。

それなので今日は、いつも予約を記入している手帳なしでセッションを行わなければなりませんでした。患者さんたちにもわけを話して、大体この日この時間は空いてそうなところに見当をつけて次の予約をいれたのですが、家に帰ってから手帳を確認したところ、その見当がことごとく外れたことがわかり、メールで予約を取りなおしするハメになりました。

こういった出来事で自分が凹んでいるときには「認知行動療法」の出番です。認知行動療法とは、ある出来事でネガティブな気分になっているときに、その気分を醸し出す元となっている考え方を見つけ出して、考えなおしする作業です。そうすることで気分が上向く、もしくはマシになることを目指しています。

今回のカバン丸ごと忘れ事件で落ち込んでいる私にはうってつけの方法と言えます。

 

精神科での保険適用をはじめ、看護や教育など、今ではいろんな分野に普及している「認知行動療法」ですが、私がそのエッセンスのようなものに触れたのは実に40年以上前のことでした。

というのも、当時小学3年生だった私は大いに凹んでいたからです。当時の担任は女性の初老になりかけといったところのベテラン先生でしたが、陰険な性格で、子どもたちが忘れ物をすると教室の壁に貼ってある模造紙にシールを貼りつけていくのです。模造紙は横軸に子どもの名前、縦軸が忘れ物の数、というグラフになっており、忘れ物をしてシールが貼られる度に、縦軸が少しずつ伸びていくという仕組みです。当時から忘れ物クイーンであった私の縦軸の高さは他の子どもたちよりも群を抜いて飛び出ており、それはもう明らかで隠しようもなく、私は恥の感情で消え入りそうな気分になることもしばしばでした。

子どもの私は、壁の縦軸を見るたびに自分を責めていました。「どうして他の子どもみたいにちゃんとできないんだろう」「頭のどこかがおかしいに違いない」そういう思いが頭の中を巡っていたのです。

そういう私の様子を見かねてか、母が声をかけてきました。

母は出所不明の威厳を持つ女性でしたが、その時の、湯上りのパジャマの上にベロアの赤い長ガウンを着て、背筋を伸ばしてソファーに座っている姿は一層女王然として見えました。その母が私に、おもむろに口を開いて、

「あなたはどうして忘れ物をするんだと思う?」と尋ねたのです。

 

このような質問の仕方は、認知行動療法では「ソクラテス質問法」とも呼ばれていて、患者さんがあらためて自分の考えを考え直しができるように、セラピストは答えの見当がつきつつも敢えて問いかける類の質問ですが、この時の私にもてきめんな効き目がありました。今まで考えもしなかったことを尋ねられて、私の頭が猛烈にまわり始めたからです。

でも子どもだった私の頭は、気の利いた答えがパッと思い浮かぶわけもなく、再び考え込んでしまいました。

短気な母はすぐに焦れて、答えを言い放ちました(ここはセラピストと違うところです)。

「他の子が忘れ物をしないのは、その子たちのお母さんが明日持っていくものをちゃんと確認しているからよ」

それを聞いて、そうか、他の子どもたちの忘れ物が少ないわけはそういうことだったんだ、みんなはちゃんとお母さんが確認していたからなんだ、私のせいじゃない!と視界が開けて心が軽くなったのと同時に、私の母はなぜそこまでわかっているのに他のお母さんのようにしてくれないのだろう、と至極もっともな疑問も出てきましたが、目の前で「いいこと言ってやった」とばかりにドヤ顔をしている母に楯突く自信はありませんでした。

母がなぜ忘れ物を確認してくれなかったのか、今では知る由もありませんが(面倒臭かったのでしょうか)、そのやりとりを経て、私は相変わらず忘れ物をしつつも、自分を責めることは減ったような気がしています。

 

さて、オトナになって久しぶりに大きな忘れ物をして落ち込んでいる私にはどんな考え直しができたでしょうか。

答えはその日の最後のセッションにきた年若い女性の患者さんからもたらされました。彼女は私が手帳を忘れたということを聞くと、ちょっとびっくりした顔をしましたが、でも、すぐに笑いながら「じゃあ、むしろすっきりさっぱりしたものですね!」と返してくれました。

その気の利いた答えに笑えたとき、私の落ち込みは随分軽くなっていたと思います。

それに確かに帰り道は、いつもより荷物が軽くていい気分でしたよ。

 

こちらもどうぞ

●幼稚園の思い出☞【ハラが決まる】までの活動

●一年生のチャレンジ☞【PE】そのネーミングセンスがいかがなものか問題

●運動会の思い出☞【感謝】どうぞよいお年を!【2018年】

 

ではまた!

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サードプレイストラウマ

【学校】のトラウマ

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

フォトグラファーの石田郁子さんが、中学教師から性被害を受けてPTSDになったとして札幌市を提訴しました。

 

トラウマに気が付いたとき、その時の行動の仕方は人それぞれです。石田さんは訴訟という方法を取りましたが、そこに至るまで、並大抵ではない道のりであったと想像されます。フォトグラファーとしても石田さんは、被写体にどのように向き合っていくのかを常にご自分に問うていられた方でした。

 

記者会見で、石田さんが涙をこらえながら「15歳から19歳まで被害に遭っていた自分を守れるのは、自分しかいない」と言った時、これまでの石田さんの心の軌跡に触れたようにも思いました。

 

「子どもの頃の自分を守れるのは、今の大人の自分自身しかいない」

既に、ここに石田さんは到達されているのだなぁと思いました。

 

これからの道のりも応援しています。

心から、ガンバって!!

 

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【ご挨拶】2019年になりました

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

無事に年があけたようです。

今までお会いした方々やこのブログを訪ねてくださっている方々、そして、まだお会いしていないたくさんの方々にとって、この年が健やかで、また平和でありますよう、マゴコロこめてお祈り申し上げます。

 

2019年もどうぞよろしくお願いいたします。

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【感謝】どうぞよいお年を!【2018年】

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

子どもの頃から体育が苦手で、運動会の前の晩などには沈痛な気分で床につくのが常でした。

徒競走では驚くほど足が前に進んでくれないし、綱引きでは決まってみんなが倒れた先の下敷きになり、自分へのふがいなさと痛みで涙がにじむ、という体たらくでしたが、唯一ココロ躍るプログラムがありました。

フォークダンスです。

しかし、フォークダンスというのは人気がない、そして一部の女子からは忌み嫌われているプログラムの一つでしたので、それを実行する際に私としてはココロ躍っている感じを出さないよう極力努める瞬間でもありました。

「ええ―!男子と手をつなぐなんてキモイよねぇ!」みんなが憤然として口々にそう言い合っている中に、私もウンウンとしかめつらしくうなづいて参加していました。ある時代、みんなの前で踏み絵をすらっと踏まなければならなかった隠れキリシタンに自分の身を重ねていた、というと言いすぎかもしれませんが、心理学っぽくいうと学童期の仲間(つまりクラスの女子)との愛着の形成は重要課題なのです。

心の葛藤を抱えつつも、いざ音楽がはじまると、私の気持ちは解放され、身体もさっきまでのぎこちない動きをすっかり忘れたかのように、スムーズに動きはじめます。

パートナーと向き合い、手をつなぐと、それはしっとりと汗ばんでいたり、乾いていたり、熱を帯びていたり、そして手の握り方も、しっかり支える子やらそっと手を添えるだけの子もいて、いつも教室で遠くから眺めている男子とはちがう生物のようです。明らかにやる気がなさそうにぞんざいに踊る子や、いつもは地味で目立たない子なのに、ダンスでペアになると不思議と息が合ってひらりひらりと上手に踊る子がいます。音楽に合わせて、目の前のパートナーは次々に交代していきますが、それぞれの違いにいつも心地よい驚きがあり、飽きることがありません。

でも、フォークダンスは運動会のいわば添え物的なプログラムですので、もうすこし踊っていたいなぁという私の気持ちを埃っぽい運動場の中に残して、しばしば唐突な音楽の中断とともに、慌ただしく終了したものでした。

 

今、サードプレイスで、目の前の人とお話している時にふと、子どもの頃の運動会でフォークダンスをしていた時のような気持ちになることがあります。

 

私は本当にあの時間が大好きでした。

今も、みなさんとお話している時間が同じように大好きです。

 

2018年、たくさんの人々にお会いできましたことを、心より感謝いたします。

2019年は、2週目あたりからゆるっと始めたいと思います。

 

どうぞよいお年をお迎えください。

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