カテゴリー: サードプレイス

2018年 Pick Up!サードプレイスPE

【2018年ピックアップ 第1週】トラウマからの回復はこのようでありたい

こんにちは。

飯田橋のカウンセリング・オフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

PE(持続エクスポージャー療法)では主に二つの手続きを行います。

一つは自分のトラウマの記憶を言葉にして語ること。

もう一つは、トラウマのことを思い出すために避けていることなどに実際にチャレンジしてみることです。この日常生活でのチャレンジをPEでは「現実エクスポージャー」と呼んで、安全に、かつ首尾よく成功できるようにセラピストと相談しながら行います。

今週のピックアップ記事

【PE】そのネーミングセンスがいかがなものか問題

では、私の牛乳嫌いを克服する過程を、現実エクスポージャーの過程に見立てています。

 

ハーマンは『心的外傷と回復』の中でトラウマの中核は「無力化」と「他者からの離断」と述べていますが、裏を返せば回復の鍵はこれらの反対にある、ということです。

私が牛乳を飲めるようになってエッヘンという気持ちになっていたときに、まさに私は自分が「できた!」と自分に力があるってことを感じていましたし、そこには応援してくれるハタノ先生やタカハシくんがいて、私は一人ではなかったのです。

トラウマからの回復はすべからくこのようでなくては、と思います。

 

それでは、また来週の火曜日に!

 

サードプレイス

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【2018年】最後の月のイベント

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

このブログをはじめて9ヶ月が経ちました(中途半端なご報告ですが)。読んでくださっているみなさまには心から深く御礼申し上げます。

さて、12月は1年最後の月です。そこで、このブログでも最後の月っぽいことをしようと考えました。

カウントダウンです。

12月の火曜日は、この9ヶ月の中で最もよく読まれた3つの記事のカウントダウンをしようと思います。

 

そして、金曜日には直接「面白かった」と言っていただいた記事3つをピックアップしてお届けしたいと思います。

というのも、カウントダウンの記事は圧倒的に複雑性PTSDの記事の一人勝ちとなることが強く予想されるわけでして、「薄味、を標榜しているわりには、なかなか濃ゆいというか、コッテリとしてますね」と以前同じ病院で働いていたソーシャルワーカーさんに(ある意味ごもっともな)ご指摘を受けたものですから、なんとかブログ全体に薄味感を出そうとする苦肉の策なのです。

 

でもそもそもこのアイディア(以前の記事をとりあげてもう一回コメントする)はさくらももこさんのアイディアなのですけどね。ももこさんを偲んで『もものかんづめ』を読んでたら、その本の中で彼女が「その後の話」として、以前ご自身が書いたエッセイにコメントされていたのです。

それを参考にしたというか、パクったというか。。。。

そういえば、以前お伝えした公認心理師試験、合格しました。励ましの言葉をくださった方ありがとうございました。来年、50歳になって尚試験!ってことが避けられて本当によかったです。ホッとしてます・・・・。

●試験前の私☞【試験勉強中】今さら

 

ではまた!

サードプレイス

 

 

 

 

サードプレイスCBT-E心理療法

【摂食障害のための心理療法】過食をストップさせる勢い

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

サードプレイスで摂食障害のための認知行動療法、CBT-Eをはじめて約一ヶ月が経ちました。この一ヶ月間で、実に20年以上摂食障害に悩んでいた患者さんの「過食エピソード」がなくなってしまいました。

これは本当に、本当にすごいことなのです。

「過食エピソード」とは、しばしば大量の食べ物を食べることで、食べている間は自分でそれをコントロールできないような感じ、例えば、満腹で苦しくなっても食べることをやめることができないようなことで、その後、大量の食物摂取と帳尻を合わすため、嘔吐や下剤使用、過剰な運動をする人がいます。

過食エピソードは摂食障害の患者さんの悩みと苦痛のタネであり、これをきっぱりとなくすのは今まで至難の技とされてきました。それは一進一退を繰り返し、年単位でみると改善してきたかな・・・という状態で、果たして治療が効いているのか、それとも患者さんの人格的な成長によってそれが成し遂げられているのか判然としなかったくらいなのです。

CBT-Eをはじめてみて感じたことですが、これは普通のいわゆる日本で普及している認知行動療法(Cognitive Behavior therapy :CBT)とはずいぶんと違うなってことです。

ここで説明しておくと、CBTは、本来は様々な技法の総称ですが、日本ではしばしばアーロン・ベックの認知療法を指しています(保険適用にもなっています)。認知とは「ものの受け取り方」や「考え方」という意味であり、アーロン・ベックのCBTでは、自動思考と呼ばれる、ネガティブな気持ちを引き起こすような認知の歪みを修正し、さらにスキーマと呼ばれる捉え方の根底的な部分にも焦点を当ててうつや不安を改善していきます。

CBTとCBT-Eの違いは、例えば、「自転車に乗れるようになる」という目的が同じでも、そのアプローチの仕方です。

CBTアプローチでは、患者さんとセラピストはまずは自転車を目の前に置き、腰を据えて、「自転車に乗ろうとする時にどんな気持ちになるか」的な会議を開きます。患者さんが弱気になって「自分にはとても無理だ」みたいなことを言い出すので、セラピストは「その頭にかすめている(弱気な)考えは、自動思考かもしれませんね」とさりげなく伝え、「その考えに根拠はあるのですか」「それって本当なのですか」などと毅然と質問することで、患者さんが今まで当たり前と思っていた自分に対する認識に改めて目を向け、考え直しができるよう促します。また自転車を前にした患者さんの緊張を和らげるために、リラクゼーション法を実施したりもします。そんなことを続けていると、そのうちに患者さんも自分の過去の成功体験を思い出したりして「今まで難しいって思ってきたことも実現してきた、だからもしかしたら自転車も練習すれば乗れるようになるかもしれない」みたいな当たり前な考え方ができるようになってきて、前向きな気持ちにもなってくるものです。そうすればいよいよ練習がはじまります。セラピストが実際に乗って見せてそのコツを教えたりすることもあります。そのようにして練習を重ね、だんだん上手に乗れるようになるのです。

CBT-Eアプローチでは、セラピストはいきなり自転車を持って患者さんの前にあらわれます。そして「さぁさぁ乗ってみなさい」とまだ乗れるかどうか半信半疑の患者さんを半ば強引に乗せて後ろを支えながら「さぁ、こいでみましょう!」と励まします。患者さんがオソルオソルこぎ出すと同時にセラピストも後ろを支えながら駆け出して「ハンドルをまっすぐ!」とか「前を向いて!」とか「とってもいい調子ですよ」などと声をかけながら押します。患者さんが途中で「こんなの無理かもしれません」と弱音を吐いても「ちゃんとできてますよ、もっとこいで!」「頑張りましょう!」と走り続けます。

この「勢い」で患者さんはあっという間に自転車が乗れるようになるのです。

CBT-Eを開発したフェアバーン先生は「成功のコツは最初の勢いのせて、上手にはじめること」と話しています。

CBT-Eは全20セッションです。1ヶ月で8セッション終えますが、もう自転車に乗れるようになった(過食エピソードがなくなった)ので、これからの12セッションはすこしテンポがゆっくり目になります。

患者さんと共に、ひきつづき頑張りたいと思います。

●摂食障害のための認知行動療法、CBT-Eとの出会い☞こちら

ではまた!

サードプレイス

サードプレイス心理療法

【ハラが決まる】までの活動

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

私が子どもの頃にはまだ予防注射の集団接種というものが行われていました。

その日は幼稚園のお教室が臨時の処置室となる中、片腕をむき出しにした子どもたちが列を作り、その列の先頭では年配のお医者さんが注射を打っている、という具合で、泣き出す子もいれば、注射針の痛みに耐えて周りから褒めそやされる子どももいて、非日常的な高揚感めいた雰囲気に満たされていました。

私にも痛みに耐えて周囲からの尊敬を得たいという、社会的な欲求があったのですが、針を自らの肉体に意図的に突き立てられる、という状況にあって恐怖を感じずにはいられず、寧ろ率先的して泣き出してしまう(そして周りの子のつられ泣きを引き起こしてしまう)という、当時体は大きい割にナサケナイ子どもでもありました。

 

私は6歳になったばかりの時でした。恒例の集団予防接種にどうにも耐え難い気持ちが湧き上がってくるのを禁じえず、かといって泣くのも恥ずかしく、どうしようもなくなって、するりと注射を待つ子どもたちの列から逃げ出したのです。

私の通っていた幼稚園はカトリック系の幼稚園で、園長先生は慈愛に満ちた白髪のおばあちゃま先生でした。園長先生はお庭に座ってイエス様のお話を聞かせてくれましたし、担任も穏やかなお姉ちゃま先生で、上手にピアノを弾いて一緒に合唱したり、私の作った粘土やお絵かきに目を留めて、優しく褒めてくれたりしました。

今、逃げ出した私を、この二人を含め良きサマリア人であろう先生たちは大慌てで、それこそサタンのような勢いで追い掛け回すことになりました。なにしろ、私も必死で逃げますので、先生方にはおいそれとは追いつけず、そのうち、この状況に感化されたお調子者のチエちゃんも脱走して、周りの子どもたちも興奮してやいのやいのはやし立てますので、その場は収拾のつかないことになってきました。

チエちゃんが一緒に逃げていることで、私の中には不思議と力強い気持ちがみなぎってきました。「ヨシ、どこまでも逃げてやろう!」みたいな気持ちです(今考えると、どこに行くつもりだったんでしょう)。不思議と疲れも感じません(今では朝おきてベッドから降りるだけでも疲れるのに)。

でもしばらくすると、チエちゃんはサマリア人たちにあえなく捕まってしまいました。チエちゃんが先生から片腕を掴まれて、「もはや、これまで」という感じでうなだれているのが目の端に見えた途端、私は自分でもびっくりするような無力感に捉えられました。私は唯一の仲間を失ったのです。そして、そのすぐあとに私自身も園長先生からお縄を頂戴する羽目になりました。

こうして私の逃走劇は失敗に終わったわけですが、この話にはちょっとした続きがあります。

この半年後、私は小学校入学を控えて、診療所で予防注射を打つことになりました。重い気持ちで処置室に入ります。そうして注射針が近づいてきて、針の先端が腕に入るときのちょっとした抵抗感、そのあと腕の中がカチンと硬くなる感じ、灼熱感のようなもの、そういったもの奥歯を噛み締めつつ感じています。そうして、看護婦さんに「はいオシマイ」と言われて、そういえば泣くタイミングを失ったことに気がついたのでした。

 

こんなふうに、やるだけやるとハラがすわるというか、そのあとのことが比較的落ち着いて取り組めるようになることはよくあることです。私たちの行動の中には実はたくさんの要素があってそれが一つひとつ理屈ではない学びにつながるのでしょう。

心理療法やカウンセリングをはじめようとする時、多くの人は抵抗を感じたり、気が進まない気持ちになります。そういう時は思い切ってセッションをお休みしたり、治療の場から離れてもいいのではないでしょうか。

そうして、なんとなくハラが決まったら、また戻って来ればいいと思っています。

●行動することでエッヘンな気持ちになる☞【ひとりムーブメント】プチフェミ的な行動の効果

●親知らずを抜くタイミング☞【いつ心理療法を受けるのか】自分で決めることができる

ではまた!

サードプレイスPE

【トラウマ焦点化心理療法のトレーニング】スーパー!バイザー【サンディ先生】

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

持続エクスポージャー療法(PE)のセラピストになるための要件の一つに、「スーパーバイザー」からの指導を受けなければならないというものがあります。

そもそも心理臨床の世界では、ひよっこセラピストの、ヨチヨチした臨床を、大御所とはいわないまでも熟練した臨床家であるスーパーバイザーがチェックして指導し、セラピストの成長を促す、という方法が多くとられます。

そのやり方は様々です。治療経過をレポートでまとめたものを見てもらったり、セッションの内容を録音してテープ起こししたもの(これにはすごく勇気がいります。患者さんの重要な話をセラピスト(私です)がとんでもなく間抜け、かつ見当違いに返しているのがしばしば白日の下にさらされる、というようなことが起きるからです)を見てもらったりします。回数も様々で、「事例検討会」のように1回で終わるものもあるし、治療の間、継続的に続くものもあります。

その中でも、PEのスーパーバイズはその方法や回数において、徹底しているといえるでしょう。治療の様子は患者さんの許可を得たうえでビデオに録画され、初回のセッションから最終セッション(セッション10から15くらいになります)まで、毎セッションごと、すべてのセッションについて指導を受けます。

2013年、私のPEのスーパーバイザーはサンディ先生(画像は何となくイメージが被るってことでアデルを使っています。アリアナ・グランデとかティラー・スウィフトとはちょっと違うかなってことです)でした。

サンディ先生とのスーパーバイズはこんな風です。

例えば、火曜日の午後にセッションがあったとします。その時に録画されたビデオは、水曜日に来る素敵な翻訳家の女性、サホちゃん(仮名です)に渡されます。PEは1時間半のセッションですが、それをすべて翻訳するのは時間的にも経済的にも困難ですので、その中でいくつかのシーンを選んで翻訳してもらい、30分くらいになるように編集するのです。

余談ですが、サンディー先生に「例えばどういうシーンを選んで編集すればいいのですか」と聞いたところ(そして内心「先生の指導が必要そうな、私が大失敗している箇所にちがいない」と、院生時代に培われたドМ根性のささやきがあったのですが)、サンディー先生はケロリと「彼女(患者さん)が上手に出来ているところを送って!」と言ってきたのです。先生のお人柄の伝わる一言でした。

そんなこんなで水曜日の朝、私はサホちゃんに翻訳してもらう箇所を伝え、それにしたがってサホちゃんはすごい勢いで翻訳をすすめ、できあがった文章をビデオに貼り付けていきます。

サホちゃんが作業するのは医局という、病院の診察室とは別の事務室のようなところで、いろんな書類やら、ファイルやらが積まれた雑然とした部屋になっています。その頃私の勤めていた病院には、不潔恐怖の患者さんも通院していましたが、この医局の混沌とした様子を見たら、みなさんソッコーで逃げ出すだろうと思われるような場所です。

木曜日には、昨日時間切れのためサホちゃんが貼りつけきれなかった残りの字幕を私が貼って、先生に送る部分のシーンをカットしてつなげる、という編集作業をします。

慣れない作業をこてこてとしていると、同僚の心理士が「今、ナカヤマさんが作業しているその編集ソフト、アルジャジーラ(本社がカタール・ドーハにある衛星テレビ局です)のと同じのみたいですよ!」と教えてくれ、中東のADになったような気持ちも味わえます。

編集が終わったら、セッションのレビュー(ふりかえりや質問など)をこれまたこてこてと英語で書いて、ビデオとレビューをドロップボックスに入れて、先生にメールで知らせます。

そして火曜日の朝、8時にはPCの前に座って、週末にビデオをチェックされた先生とスカイプでお話しているわけです。このルーティンがPEのスーパーバイズを受けている間ずっと続きます。

実際、日常臨床しながらこのような作業は大変でしたが、むしろ楽しくやっていたような気もします。。

サンディ先生は、私に対してはいつも、褒めるときは手放しで、でも助言するときは薄氷の上を慎重に歩くように(多分のその薄氷は私のプライドだったに違いありません)接してくれました。

先生に「グレイト!」とか「スーパー!」と褒められると本当にワクワクした気持ちになりました。そしてワクワクした気持ちになると、今度はこういう風にしてみたらどうかな、という先生からのアドバイスに対しても「やってみる!」みたいな気持ちになったものでした。

 

惜しむらくは、先生に英語でスーパーバイズしてもらったらさぞかし私の英語の能力も向上するだろうとひそかに期待を寄せていたのですが、優秀な心理士である先生の方が私のへたっぴな英語に慣れて素早く理解するようになってしまったので、私の英語力は1ミリも伸びなかったことぐらいです。

ではまた!

 

●サンディ先生の上司であるフォア先生の話☞こちら

●フォア先生の話もうひとつ☞こちら

●持続エクスポージャー療法が効いた!という話☞こちら

 

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