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サードプレイスピックアップ!複雑性PTSD感情調整

【2018年 最も読まれた記事】第2位【複雑性PTSD】アダルト・チルドレンとどう違うのか

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

今年2番目によく読まれた記事は、【複雑性PTSD】アダルト・チルドレンとどう違うのか

でしたが、「アダルトチルドレン」ってタイトルにつけるだけで、バババーッてPVが伸びていったあたり、斎藤学先生の影響力の大きさに(文字通り)震えた次第です。

サイトウ学派のパワーみたいなものを肌で感じてびびったからでした。

 

アダルトチルドレンは嗜癖や依存、共依存、機能不全家族などといったワードと共に語られることが多く、そのあたりの用語は一部にはとても浸透していて、あまりにも練磨されているので、それらを使うことなく自分の状況を説明することが難しくなっている人もいるほどです。

こんなふうに

「私は機能不全家族で育ったアダルトチルドレンで、現在は夫との共依存と、自分自身の摂食障害、という問題を抱えています。」

みたいな、わかる人にはわかる、わからない人には全くわからないような表現になったりします。専門用語は元来、自分を理解し他者とコミュニケーションできるために作られているものなのに、それが難しくなりつつあるのが、実はアダルトチルドレンという用語をめぐる現在の状況ではないかと感じています。

機能不全家族、という問題では、機能充分家族(もしくは「機能万全家族」でしょうか、健康食品の会社名みたいに聞こえますが)っていうのがあるかっていうと(斎藤先生自らが認めているように)そんなことはなく、アルコールや虐待の問題がなくても、多くの子どもは家族内でのストレスフルな出来事(離別や家族のメンバーの事故や病気など)に対して「いい子」でいることで対応します。子どもは子どもなりに家族を助けたい、支えたいという気持ちがあって能動的に動いたり、働きかける存在でもあるのです。

「いい子」がしている最たるものが自分自身の感情を抑えることでしょう。子どもらしい(人間らしい)感情を自分から抑制したり、余裕のない家族のメンバーから「わがままだ」などといわれることで我慢したりします。

感情を抑えたり、麻痺させたりして成長して、大人になってからもその感情の表現する場や方法がわからないままだと、なんだか心に穴が開いたような感じを覚えることがあります。アルコールやむちゃ食い、自傷行為、不特定多数との性的な関係などの嗜癖や依存は、外側から自分の感情を刺激して動かすことで、「心に穴が開いた感じ」が一瞬埋まったような感覚が得られる一つの方法です。

でも、この心に穴が開いた感じが元々は感情麻痺からきていることから考えると、自分自身の感情をきちんと取り戻すことができれば、嗜癖的な行為にさほど頼らなくても、生きている実感や地に足が付いた感覚が得られるのです。

要は感情はとっても大事、ってことで、セラピーの多くは感情を取り戻すプロセスといってもいいのではないかと思っています。

 

 

ではまた今週の金曜日に!

サードプレイス

 

 

 

トラウマ複雑性PTSD感情調整

【インナーチャイルド】の育て方、または感情調整の秘訣

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

心理学を学ぶ多くの人々と同様、私も物語やイメージ、たとえ話は大好きです。

困難な境遇にありながらも、自身の才能でもって権力と愛を手に入れる話は「シンデレラストーリー」だし、あの手この手を繰り出してサービスを売りつけようとする営業マンに対しては「ドラえもんみたいですね」とツッコミを入れたりします。

そんな中、不慣れなイメージやストーリーに馴染むには少々時間が必要です。

「インナーチャイルド」がそれでした。

もう10年以上前になりますが、ある患者さんが、ワークショップで自分のインナーチャイルドを見つけた、と話してくれた時のことです。

インナーチャイルドについて不勉強だった私は質問しました。

「それって何ですか?」

彼女は「子どもの頃に虐待されたり、適切な世話を受けなかったため、子どもらしく生きることができなかった。インナーチャイルドとは、その頃の私が喪失したと思っていた小さな子どものイメージです」と教えてくれました。そして続けて言いました「ずっと一人ぼっちで放っておかれたのを、この間やっと見つけてあげられたのです」。彼女は自分のインナーチャイルドが一人ぼっちで泣いていたので、抱きしめてあげたそうです。

子ども時代の逆境的な環境では、加害者の顔色を伺ったり、場の雰囲気を壊さないように適切な行動をすることに腐心するあまり、子どもは自分自身の感じ方や気持ちを二の次にしたり、抑圧することで生き延びていきます。そういう子どもは大人になってから、しばしば身体と心がつながっている感じが持てなかったり、生き生きとした感情が「なくなってしまった」ように感じたりするものです。彼女の話を聞くうちに、どうやらインナーチャイルドとは、失われた「感情体験」と非常に近いものだと理解しました。

彼女のインナーチャイルドは長いあいだ一人ぼっちでいたので「孤独感」や「寂しさ」を感じており、それに気がついて優しく抱きしめてあげることが癒しには必要なことなのです。

でもここで、私は一つ疑問を感じて尋ねました「インナーチャイルドを抱きしめてあげたら次はどうすればいいのでしょうか」。彼女はちょっと困った顔をして「それから後は、瞑想とかをするみたいですがそんなに詳しくはわからないのです。ワークショップのゴールはインナーチャイルドを発見して抱きしめる、までだったのですから」と言います。それを聞いて私は俄然ハリキって、じゃあインナーチャイルをどうやってケアしたらいいのか保育のプロに教えてもらってくるね、と彼女に告げてモリ先生のもとに向かいました。

モリ先生は保育の素晴らしい先生で、関わった全ての子どものブロッコリー嫌いを治してきた(くらいの)卓越したスキルの持ち主です。今こそモリ先生の子育ての技が求められていると言っても過言ではありません。

 

モリ先生、長い間放っておかれて泣いている子はどのように扱ってあげたらいいのでしょうか。

モリ先生「もう大丈夫だよって優しく抱きしめてあげて、背中を優しくさすってあげたりトントンしてあげるといいのではないでしょうか。」

なるほど、初動は大丈夫なようです。でもモリ先生、ここからが問題なのです。抱きしめてから、次にどうすればいいかわからないのです。

モリ先生「泣きやむまではトントンするのがいいですね。その子はどのくらい放っておかれたんですか?」

ええと、場合にもよりますけど、10年以上はゆうに放っておかれた子だと思いますけど。

モリ先生「それじゃあ、相当ぎゃん泣きになることを覚悟しておいた方がいいですね。」

ぎゃん泣き・・・。それは大変そうですね。そんなに泣くものでしょうか。

モリ先生「今まで心細かったところを抱きしめてあげるのだから、ホッとして泣くっていうのもあるけど、今までのぶんの溜まった怒りが癇癪になって出てきたり、それこそ、のけぞって泣く子もいるでしょうね。」

のけぞって泣くなんて、そんなことしたらちゃんと抱っこできないじゃないですか。

モリ先生「そういう子もいますよ。よしよしされてしくしく泣いている子なんてかわいいものです。癇癪を起したり、床を転げまわったりして手がつけられないようになる子もいるし、噛みついてくる子もいます。」

噛みつかれるなんて、痛そうですね。

モリ先生「ええ、あれは本当に痛いです。ついこちらもキレそうになったりして。」

モリ先生でもキレることってあるんですか。

モリ先生「人間だもの。あら、相田みつをみたいなこといっちゃったわね。あはははは。」

あはははは。じゃあ、先生はキレそうになりながらどうしてらっしゃるんですか。

モリ先生「その子が落ち着くまでとにかく待って、少し落ち着いてきたなっていうときに、タイミングを見計らってお白湯を飲ませたり、噛みごたえがあって身体に良いお腹にたまるものを食べさせたりします。」「それから静かで心地良いところで休ませたり、お昼寝させたりするんです。」

なんか色々してあげることがあって大変そうです。

モリ先生「そうですね、気持ちをなだめる、ということに関しては、本当に向き合って、心してとりかかる必要がありますね。でもいつかは気持ちはほぐれてくるものですよ、それを信じて待つことです。」

 

私はモリ先生にお礼をいって戻り、インナーチャイルドを抱えて待っていた彼女に一部始終を話しました。そして「どうやらずいぶん手間がかかるようです。でも腹をくくって関わることが癒しを生むようですよ。」と伝えました。

彼女はしばらく考えていましたが、「今はインナーチャイルドを見つけただけで充分だと思ってます」「それに、この子が癇癪を起したりしても、なだめたりする時間が私にはありません。仕事も忙しいし、家族の問題でも今てんやわんやなのです」「もう少し落ち着いたら本格的にやれるかもしれません」と言ってそそくさと帰ってしまいました。

あとに一人残されたその時の私のイメージはこのような感情でした。

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●そもそも複雑性PTSDについて☞【複雑性PTSD】診断がつく、ということは治療法があるということです

●ヴァン・デア・コーク先生とブロッコリー☞【食わず嫌い】全くもって感情的な問題

●アダルトチルドレンについて☞【複雑性PTSD】アダルト・チルドレンとどう違うのか

●感情調整についてもっと☞【STAIR】感情調整は感情の役割を知ることからはじまります

 

ではまた!

サードプレイス

複雑性PTSDSTAIR/NST感情調整

【感情調整】怒りそのものなような、そのようにみえるような

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

怒り、という感情はセラピーの中でも話題になることが多い感情です。

それは、怒りというものは、強く感じすぎて本人が苦痛に感じたり、周りも困ったり、逆に、感じなさすぎて最初はそれでよかったけど、いつのまにかそれが困ったことになっているもので、丁度良く、適切に怒りを感じるっていうのが難しいものであるからでしょう、

また、扱いに困るってことにかけても他の追随を許さないところがあります。

怒りも自然な感情の一つなので、他の感情、喜びや悲しみと同じように、そこにとどまってしっかりとそれを感じていれば、通常は一時間程度で和らいでくるものです。電車で足を踏まれてイラッとしても、オフィスのデスクにつく一時間後までその怒りを抱えていられる人はそうそういません。

でも、怒りに悩む多くの人は「一時間なんてとんでもない、もう1日中(もしくは、この1週間というもの、1年の間、10年間も!)怒りっぱなしですよ」と訴えます。

怒りという感情は一見、わかりやすいものです。

怒りの表現型の多くはなんというか、あからさまというか、明らかにみえるものです。かすかな表情でそうとわかることも少なくありません。注意深くみると、その人の瞳孔が開いていたり(そうするといわゆる「目が据わった」ような感じになります)、上唇に力が入ってめくれかかったりしている様子(トランプ大統領お得意の表情)が見て取れます。

その他、血走った眼だったり、紅潮した顔だったり(反対に青ざめる人もいます。こっちのほうが怖いかもしれません)、大声になったり、早口になったり、全身に力が入ったり(入りすぎてブルブルすることもあります。武者震いってやつです)しています。

どんな表現であっても、その怒りがいわゆる純粋な怒り(一次的感情としての怒り、と呼ばれています)だった場合、やっぱり1時間かそこらでなだめられてしまいます。

でも、もしその怒りがいろんなものが貼りついた複雑な怒り(二次的感情としての怒り、と呼ばれています)だった場合、長く続く(10年とかの積年の)怒り、恨みになるようです。

貼りついたいろんなもの、とは、例えば、怒りをキープさせるための考えです。

「なんでこんな目に?!」「許しておけない」「世間は不公平だ!」「自分はなんて情けない奴だ」「あいつのせいだ!」「またこんな目にあった」みたいな考えは、怒りをさらにかき立てます。

電車で足を踏まれて、「なんでこんな目に?!」「なんで(相手は)ハイヒールなんて履いたんだ?!」「東京の通勤ラッシュは異常だ、ひいてはこの社会システムが間違っている!」「あと死ぬまでに何度足を踏まれないといけない人生なんだろう?!」などと考えているとオフィスのデスクまでの時間ではとても足りません。

またこれらの考えは、怒りとは別の感情、傷つきや悲哀感、無力感を生み出し、これらのネガティブな感情は怒りに貼りついて、その結果、怒りはこじれて大きくなったようにみえるのです。

 

このように複雑な「二次的感情としての怒り」は、自然に出てきて自然におさまるはずだった怒りの炎に、燃料や薪をくべて、キャンプファイヤー状態にして焚き上げているようなものです。

大きく夜空に燃え盛っている炎をどうやって鎮火にまでもっていくのか、小学生の時に行った林間学校で教えてもらったことを思い出してみてください(林間学校に行ったことのない人は想像してみて下さい)。

当然、自分で燃料や薪を夢中になってポイポイくべている間は、その炎は消えません。

まずは鎮火させよう、という意思が大切です。その上で、自分のやっていたことに注意を向けて、燃料や薪をくべるのは控えてみてください。そして、しばらくその火が弱まってきたり、またなにかの加減で盛り返してきたりするその有様をじっと見つめて観察します。

炎を見つめるのに飽きてきたら、火の周りでマイムマイムなんかを踊って気分をリフレッシュすることもお勧めします。

時間がたつと火が弱まって熾火状態になると思いますが、この時も気を付けて燃料や薪をくべないように耐えてください。むしろ熾火でマシュマロなんか焼いたりするといいと思います。

 

こういうふうに怒りの手当てをするとき、そばにいるセラピストは何にもしてくれないじゃないかと指摘されることもあります。実際、怒りを鎮めたり、和らげたりできるのはその人自身に他なりません。私が伝えられるのは、その人が自分を静かに観察して、薪をくべるのをやめれば、感情が本来的にもつ自然の力もそのコントロールに力を貸してくれるよってことです。

勿論、マイムマイムの振付を教えたり、一緒に踊ったり、マシュマロの味見をさせてもらうことでも活躍したいなって思ってます。

 

●感情調整についてもっと☞【STAIR】感情調整は感情の役割を知ることからはじまります

●逆に感情が出ない☞【感情調整】感情が出すぎる人ではなく、出ない人の話です

 

●怒りのコントロールについて☞【タイムアウト】感情のコントロールについて【いつものパターンになっていませんか?】

老和尚ならこうします☞【老和尚と鬼】怒りのコントロール、アンガーマネージメントともいいます

ではまた!

サードプレイス

 

 

複雑性PTSDSTAIR/NST感情調整

【STAIR】感情調整は感情の役割を知ることからはじまります

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

お化けを見たら怖いし、電車で足を踏まれたらわざとじゃないってわかってても腹が立つ。恋人と一緒にいるときは嬉しいし、遊園地で遊んでいると楽しい気持ちになり、飼っていた猫が亡くなると(それを考えるだけでも)悲しい気持ちになります。

 

このように感情は自然と湧き出てくるものですが、ある人生においては、この自然な感情の「湧出→表現」が繰り返し妨げられることがあります。

そうなると感情はどうなるのでしょう。

例えば、怒りで暴力を振るう人を何度も見ていると、怒りをもつことは人を傷つけることだ、危険なことだと考えるようになります。そうなると自分の中の怒りをも避けるようになるかもしれません。

また、泣いている子どもは手がかかって嫌な存在だと思いこんでいる大人は、子どもが泣くことを叱ったり、禁じたりします。そのような制限をされると子どもは、泣くことを避けるために、悲しみや傷つきの感情をも避けるようなります。

このように感情を避けているうちに、しばしばそれが「なくなってしまった」と感じるようになります。

そうなると今度は感情にアクセスしようとしてもなかなかできません。

 

遺伝性の病気ですが、痛みを感じない、という人がいます。

痛みは苦痛を伴うものだし、誰しも避けたい感覚ではあるのですが、一方で、痛みを感じないと困ったことになるということをこの疾患は教えてくれます。

この病気の人は皮膚や骨関節組織に外傷を負いやすく、また怪我したことに気づきにくいため、それが重症化することもあります。

すなわち、「痛み」は苦痛ではありますが、私たちの身体を健やかに保ち、守るために必要なものなのです。

感情も、不快な感情であればなおさら、同様の役目を担っています。

私たちは、危険なところに立ち入ると不安や恐怖を感じ、そこから素早く立ち去ることができます。

怒りを感じることで、自分の境界線を越えられたことや、なにかアンフェアなことが起こっていると知ることができます。

悲しみを感じることで、自分がなにかを喪失したこと、そしてそれが大切なものであった、ということに気がつけるのです。

 

 

STAIR(複雑性PTSDのための心理療法です)の感情調整のはじまりは感情の役割について学んだり、感情に気が付くことの「メリット」について話し合うところからはじまります。

そもそも感情を感じること自体がすごく危険だと思っていたり、不安を感じる状態なのですから、そこから少しづつでも感情にアクセスする練習をしていこうとするとき、極度の不安を感じてもおかしくない状況なのです。

感情に役割があることを知ったり、感情に気が付く「メリット」が明確になっていないと、とてもじゃないけどなかなか勇気って出ないものです。

それは例えてみると、練習の前に十分な準備体操をする感じでしょうか。

しっかり身体があったまって心の準備ができたら、練習もとっても上手くいくと思います。

 

ではまた。

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トラウマ複雑性PTSD対人関係感情調整

【複雑性PTSD】人と違う感じ

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

ある誕生日の出来事を想像してみてください。

あなたは8歳。楽しみにしていた誕生日がやってきました。誕生日は特別な雰囲気に満ちた日です。

その日の朝はワクワクして早く目が覚めてしまいました。台所に降りていくとお母さんが誕生日パーティのお料理の用意をしています。ハンバーグの種をこねたあと、手早く丸めてはリズムよくトレーの上に置いていきます。ハンバーグはあなたの大好物です。お父さんはケーキを買いに行ったようです。友だちもお昼過ぎにはやってくる予定です。どんなパーティになるんだろう、みんなでゲームしたり、美味しいもの食べたり、そしてみんながニコニコ笑顔でおめでとうっていってくれるんだろうな、と期待に胸が膨らみます。

玄関で音がしてお父さんが帰ってきたようです。お父さんの機嫌は玄関のドアを開ける音でわかります。ガチャン!大きな音がしたら、お父さんの機嫌が良くない証拠です。お父さんの顔を見ると青白くなっていて、こわばっています。目がとがった感じになっています。お父さんはお母さんに「どうしてちゃんとケーキの予約をしておかなかったんだ!順番を待たされたのはお前のせいだ」と大声で怒鳴ります。

お母さんはハッとなって「ちゃんと予約してあったはずなんだけど・・・」「それでもあそこはいつも混んでいるから・・」と言いかけますが、お父さんはバシッとお母さんの頬を叩いて「言い訳するな!」とかぶせるように怒鳴ります。そしてあなたに目を向けると「俺が外で待たされている間に何もやってなかったようだな、掃除が終わるまでなにもなしだ」と言い放ちます。

あなたはどうしようもないような気持ちになります。心臓がドキドキしています。涙が流れでてきますが、一生懸命そこにあるものを片付けはじめます。お母さんはさっきとはうって変わってのろのろと手を動かしています。お母さんはなんだかひどく年を取ったような顔をしています。

お父さんはソファーに腰を下ろすとテレビをつけ、大音量にして見はじめます。お昼近くになってもそのままです。あなたがおずおずと誕生日パーティのことを言おうとすると「まだそんなことを考えていたのか、ケーキなんかないぞ」と不機嫌そうに言います。お父さんはケーキを買ってこなかったのです。あなたがたまりかねて泣きはじめるとお父さんは怒って「そんなわがままを言うやつには誕生日の価値はない!」と怒鳴って台所にいくと、お母さんが用意した料理をすべてごみ箱の中に捨ててしまいました。

自分の部屋で気がついたら夕方になっていて、そういえば友だちは来なかったなと思いました。お母さんが断りの電話を入れたのでしょうか。自分のせいですべてが台無しになってしまったとあなたは考えますが、それはなんだか違う気もします。とても惨めな気持ちです。自分が浮かれているとこういう罰がくるんだ、とあなたは心に刻みつけました。

 

私たちは楽しい気持ちを感じても、それが裏切られるようなことが続くと、その気持ちを持つこと自体避けるようになります。

子どもの頃の虐待やネグレクト、DVの家庭などの経験は私たちにポジティブな感情を感じにくくさせます。より正確にいうとポジティブな感情を警戒して距離を置く癖がつくのです。

しかし、ポジティブな気持ちは日常生活の中で人とつながりを感じるための大切な感情です。多くの人は楽しさや嬉しさを十分に感じて分かち合うことで世界や人との間のつながりを実感しているものです。

楽しい気持ち自体を避けていると他者との感情の共有が難しくなったり、切り離されたように感じるようになるのです。

そうすると、人と違っている感じを持ったり、または、自分自身をあたかも宇宙人のようだと感じたり、大勢の仲間(例えばクラスメイトなど)の中にいるのに一人ぼっちな感じがある、そういう何とも言えないような感覚が心の中を占めるようになるのです。

その感覚はずっとあるものなのに、慣れることはありません。

 

ポジティブな気持ちを適切に感じられるようになるのも、複雑性PTSDからの回復には重要なことです。

普通の人にはなんでもない、むしろ心地がよいことであるポジティブな気持ちを感じることが難しいのは、もっともな理由があります。

誕生日での出来事のような理由です。

それを考えると、今、ポジティブな気持ちにアクセスしようとすると、恐怖や不安を感じることもあるのは、いたって当然なことでもあるのです。

少しづつ、心地よい感情を感じても大丈夫、という経験をつんでいければいいのです。

 

ではまた。

●こちらもどうぞ!☞【複雑性PTSD】診断がつく、ということは治療法があるということです

●複雑性PTSDの心理療法についてもうちょっと詳しく☞【複雑性PTSD】スキルのトレーニング

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