カテゴリー: 読書療法

サードプレイス読書療法

スーパーエゴに守られし

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。



今日も寝癖を気にしながらモニターの前に座っていると、ノリコさんが「入室」してきました。

ノリコさんは華やかな(ガラガラヘビのような柄の)スカーフを巻いて、目の下ギリギリまでしっかりとマスクをつけています。


私がすぐに声をかけあぐねていると、ノリコさんはにっこりして「ああ、これいいでしょ」とスカーフをひょいと後ろにはねあげるようにして「ヴェルサーチよ」と言いました(正確には、ブルーノ・マースのように「ヴェッサッチ」と発音しました)。

私は大きくうなずいて、それからためらいがちに「そのマスクは・・・」と問うと、ノリコさんは「24時間つけているよ。飛行機に乗るまで、絶対に、ゼッタイに、コロナにかかりたくないから」と言いました。ノリコさんは約2年ぶりに日本に一時帰国することになったのです。




「帰国前にどうしても話したかったの」と、ノリコさんは続けます。そして「変な夢をみるんよ」「それも繰り返し繰り返し」「思えばここ数年そういう夢が続いているんよ」「そんで、インターネットで調べました」「そしたら、いろんな答えがいっぱい出てきて訳がわからんくなったの」と矢継ぎ早に話しました。


「どんな夢をご覧になるんですか」と私は尋ねました。


ノリコさんは「グーグルで夢占いを調べたんよ」と眉間にシワを寄せ、深刻な面持ちで続けます。

「トイレ、汚れている、夢、意味、みたく」「そしたら、あんたの中にコンプレックスがあります、みたいに出てきたり、あんたの中に性的なトラウマがある可能性があります、って出てきたり、ストレスを抱えていたり、不満がたまっているはずですって書いてあったりしたの」「これは問題じゃろ?」

ノリコさんは話しながらもどんどんモニターに近づいてくるので、今や全画面がノリコさんの顔に占拠されたようになっています。

私も「確かにその通りだったら問題みたいに思えます」とうなずいて、ノリコさんの見ている夢とは具体的にどんなものなのか再び訊いてみました。


ノリコさんは自分の典型的な夢について話はじめました。

「夢の中で私はとにかくトイレを探してるんよ。安心して用を足せるところを探しまくっているんだけど、あるトイレは鍵が壊れていて用を足そうとするとぱーってドアが開いちゃったり、なぜか透明で外から丸見えだったり、もっとひどいのはトレインスポッティングに出てくるあのトイレがあるじゃろ。スコットランドで一番汚いトイレ!みたいな、あのレベルで汚いトイレだったりするのよ。すごく胸糞が悪くなるような夢なの」「………クソだけに」とノリコさんは付け足して、ウケケケと面白そうに笑いました。どうしても我慢できなかったようです。

そしてノリコさんはさらに調べました。

「夢はその人がもつ欲求とか願望が映し出されるみたいじゃないの、フロイトによれば。でもその欲求をそのまま出したらまずいことがあるから、超自我ってヤツとかがその夢を検閲してデフォルメしたりするんじゃろ。無意識の欲求を超自我が加工すると夢になるんじゃ」



にわかフロイディアン(フロイト主義)になったノリコさんの話に私は耳を傾けました。実際のところ、私はフロイトの夢分析に関しては素人同然なのです。

感心しながらノリコさんに「すごいですね。なにを参考にされたのですか」と聞くと、ノリコさんは「筒井康隆だよ、SF作家の」とこともなげに答えました。「あのじーさんは筆折ってみたり、復活してみたり、なにかとお騒がせ野郎かもしれないけど、あの本は参考になったよ。今や髭を生やして和服なんか着て・・・」と現代の文豪ともいえる人物を評して尚もとどまりそうになかったたので、私はハラハラしながら、それでもさっきから気になっていたことをノリコさんに聞いてみることにしました。

「ところで、そういう夢をみて起きた後ははどうなるのですか」


ノリコさんは「そりゃ起きてすぐに用を足したよ」と当たり前のように答えました。

私はふと思いついて「ノリコさん、スコットランドで一番汚いトイレの夢を見てなかったらどうなったのでしょうか」と聞くと、ノリコさんは「そりゃー、先生、そのまま安らかにベッドの中で・・・・」と言いかけて、ハッとした表情になり「ああ、あの夢は私を、救ってくれたのですね?」と突然敬語めいた言葉使いになりました。

そしてノリコさんはすこぶる真面目な顔になって話しはじめました「あの夢がなかったら、私、寝床の中でやすらかーに用を足してたもの。そんで、途中で気がついて、ああ、こんな歳になっておねしょをするとは、大人としていかがなものか、いや、待て、これはいよいよ本格的にばーさんになって、下の方がゆるんだってことなのか、とうとうそういう時がきたのかと、すごーく落ち込んで老人性うつになるかもしんない。そうなったら日本に帰れんくなるじゃないの」。



「ではその超自我ってヤツがノリコさんをそういった問題から救ってくれたんですね」と私が問うと、ノリコさんはしみじみと「私の中の超自我が私のプライドを全力で守ろうとしていたんだね。なんだか自分の内なる力みたいなのに自信が湧いたような気持ちだよ」と言いました。

まさに今、スーパーエゴ(超自我)に守られし(と信じている)ノリコさんはさらに輝いて見えました。


これでなんだか無事にノリコさんはこっちに帰ってくることができそうです。

次回はどんな話しをしてくれるのでしょうか、楽しみな夏になりました。


では、また!

サードプレイス複雑性PTSD読書療法

【複雑性PTSDの心理療法】

こんにちは。

飯田橋のカウンセリング・オフィス、サードプレイスのナカヤマです。

このブログにたどり着く検索ワードの中で一番多いのは「複雑性PTSD」です。

それは、複雑性PTSDに関する概念や治療法がまだそんなに普及してないので、多くの人が情報を求めているからだと思っています。

この度、複雑性PTSDに関する実証的な研究をもとにした治療について、詳しく書かれた本が星和書店から出版されました。

興味のある方はどうぞチェックしてみて下さいね。

『児童期虐待を生き延びた人々の治療–中断された人生のための精神療法』

こちらも参考にどうぞ

●複雑性PTSDのDOS症状に関わる☞【複雑性PTSD】スキルのトレーニング

●複雑性PTSDのトラウマ記憶に関わる二つのアプローチ☞NSTPE

サードプレイス

サードプレイス読書療法感情調整

【批判的読書術】

こんにちは。

飯田橋にあるこぢんまりとしたカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

夏になり、海を越えてノリコさんがやってきました。

ノリコさんは絵を描いたり、粘土で造形をしたりするのが得意で、いってみればそれを生業にしている人ですが、本を読むのも好きだそうです。

ノリコさん曰く、「この年になると、名作っていわれるものは読んでおかなきゃって思ったんだよね」。ノリコさんは60代、もの思う年なのです。「そんで『老人と海』を読みはじめたんだけど、ギブアップしたわ。だって、じいさんがずっと釣れるかな、どうかなって、それを100回くらい繰り返してて、なかなかお魚が釣れないんだもの、飽きたよ」

じいさんって・・・・と思いましたが、ノリコさんは老人と海についてはサッサと切り上げて、話しは次に移ります。

「そんで、やっぱ日本文学を読むべきだろうって思い直して『雪国』を読みはじめてみたの」「そしたら、最初からイヤーな予感がしたわけよ」

私は『雪国』の冒頭の部分は、嫌な予感どころか、名作中の名作と言われる書き出しではないかとノリコさんに問うてみました。

「名作とかは関係ないよ」とさっき名作云々言ってたくせに、ノリコさんは言下に断じました。「小太りな中年男が出てきて、窓越しに葉子をじとーっと眺めたり、自分の人差し指をクンクン嗅いで駒子のことを思い出すシーンがあるじゃろ」

そんなシーン確かにあったような、でもノリコさんの言う通りの描写ではなかったような気もします。

「あの辺りのクダリから、若い女性をモノ化しているように感じて、ほら、そういうグループ、日本にはあるじゃろ。女の子たちを集めてグループで歌わせている、小太りな中年男、アレに見えたのよ。あの、アキモ・・・・」

音楽プロデューサーの方、ですかね。

危険を察知して食い気味に言った私の言葉が気に入らないのか、ノリコさんは胡散臭げに視線を向けてきました。

「まあ、そうよ。金とパワーを持つ男が、駒子みたいな若さ故に物を知らない女の子の気持ちをマニュピレート(操作)するのを読んでいるとイラっとするし、とにかく恋愛とか人間関係ていうのものは、もっと対等であって、お互いを人として尊重するものであってほしいと思ったわけ」

ノリコさんは一気にそこまで話すと、今度はにっこりして言いました。

「そんで、私は主人公のアキモトを、自分の頭の中で全盛期のトヨエツの姿形に変換して読み進めることにしました」

ノリコさんが機嫌よく話しはじめたので、私は先ほどのポリティカルコレクトネス的な努力をフイにされたことや、トヨエツ(それも全盛期の)に変換って一体何なんだっていう疑問は一旦脇に置いておいて、耳を傾けることにしました。

「全盛期のトヨエツが主人公だったら駒子の見境のなさにも共感できるじゃろ。ストーリー中のちょっとした描写も繊細でねぇ」

あの作品の情景描写は定評がありますからねぇ。

 

「そんで調子よく読み進めてたら、最後の最後に主人公が小太りっちゅー描写が入ってくるじゃないの、小太りって!私のトヨエツが崩壊した瞬間だったね」

ノリコさんにかかると『雪国』は手に汗を握るジェットコースター的小説となるようです。

 

「あの川端っていう男は到底許せないよ。こちらを油断させておいて、最後はやっぱり女が被害者になるっていう筋立てなんだ。そんなのをキレイに描いたのが日本文学なんだ」

今やノリコさんは下を向いて息を詰めている様子です。心の奥にある自分自身の傷跡にじっと触れているかのノリコさんの様子をみて私もそっと居ずまいを正しました。

 

でもノリコさんはすぐに目をあげて「腹は立つけど、奴にだって自分のファンタジーを書きつけたいって権利はあるわけだし、それに」と言って、息をふっと吐くと「日本は温泉がいいよね」といささかだしぬけに言いました。見ると、今やノリコさんの眉間にはいいスペースが広がっています。

「なんかしらいいとこもあるってことですよね」と私もニッコリして応じました。

「そうそう。私のハイエンド(高級)な靴を安心して下駄箱に預けられるもんね。あっち(ノリコさんは南仏在住なのです)だったら2秒で盗まれるわ」

ノリコさんはそういって笑うと「んじゃ、また来年」と言い、そして私はバレンシアガのスニーカーをはいたノリコさんがスーパー銭湯へ向かうのを見送りました。

 

それにしても今回、川端康成も例の音楽プロデューサーもえらい言われようでした。

でも、どうやら日本が海の底に沈められるのは免れたようです。

 

あぶないとこでした。

 

●ノリコさん登場☞【感情調整】クリエイティブな気持ちの収め方

●子ども時代のトラウマのコア:感情調整☞【STAIR】感情調整からの、対人関係

ではまた!

サードプレイス

サードプレイスピックアップ!複雑性PTSD読書療法

【2018年 最も読まれた記事】第1位【複雑性PTSD】診断がつく、ということは治療法があるということです

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

私が初めて「複雑性PTSD」という概念を知ったのは、約20年前にジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』を読んだときです(この本のはじめに出てくるトラウマの歴史に関する章は圧巻です。それをいうなら、この本全部が本当に圧巻です)。

ハーマンは、長い間何度も虐待などの被害の体験を受けた人々の感情や認知がネガティブな方向に変化すること、そしてその変化が社会では望ましくないもの、病理的であるとレッテルが貼られて、治療ではなく誹謗中傷や差別の対象となっていることをその著書の中で明らかにしています。

そして、トラウマの被害者がそのスティグマから解放され、きちんとしたケアや治療を受けられることを目的として提唱した診断名が「複雑性PTSD」なのです。

 

この診断名に込められた精神に私も深く賛同しつつ、2018年で最も読まれた記事をご紹介します。☞【複雑性PTSD】診断がつく、ということは治療法があるということです

 

ではまた。

サードプレイス

 

 

2018年 Pick Up!サードプレイス読書療法

【2018年 ピックアップ 第3週】メグさんとか、ちつケアとか

こんにちは。

飯田橋のカウンセリングオフィス、サードプレイスのナカヤマです。

 

人が幸せに生きる秘訣は、世の中や自分の中にある様々な価値観や義務感みたいなものから自由になって、自分の感情や身体とともに居れること、と思っています。

性をめぐる様々な思い込みを、本を読むことでもう一度見直してみませんか。

 

今週のピックアップは冬休みのための推薦図書です。

『メグさんの女の子・男の子からだBOOK』性の知識をきちんともつことで、性被害から身を守れるようになる

『ちつのトリセツ 劣化はとまる』ちつのケアとココロのケアの深い関係

 

セラピーの中では、読んだ本を語り合うことで新しい考え方や感情の在り方を知ることも行います。

読書療法、と呼んでいます。

 

ではまた来週の火曜日に(いよいよ第1位の発表です)!

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